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第8回 複素数・正弦波・フェーザ

この回の位置づけ

シラバス:交流回路①(教科書 第7章 7.1–7.2、第8章 8.1–8.4、第9章 9.1–9.3)。複素数の表示、計算について復習した後、正弦波交流について周波数、振幅、位相、平均値、実効値の概念を学習する。さらに、正弦波交流の複素数表示・フェーザ表示、フェーザ図について学ぶ。

必要な準備:準備3 角度と三角関数

この回の目標:複素数を直交形式と極形式で表し、四則演算ができる。正弦波を最大値・周波数・位相で表し、それをフェーザ(1 個の複素数)に対応させられる。

この回は後半全体の土台です。内容は「複素数」「正弦波」「その 2 つを結びつけるフェーザ」の 3 つに分かれます。

複素数

なぜ複素数を使うのか

交流の電圧や電流は、「大きさ」と「タイミング(位相)」の 2 つの情報を持っています。2 つの情報を 1 個の数で表し、ふつうの数と同じように足したりかけたりできるようにしたものが複素数です。

地図上の位置を「東へ 3 km、北へ 4 km」と 2 つの数で表すのと同じで、複素数は平面上の 1 点を表します。

虚数単位 j

2 乗すると −1 になる数を考え、これを 虚数単位 と呼びます。数学では \(i\) と書きますが、電気回路では \(i\) を電流に使うので、\(j\) と書きます。

\[ j^2 = -1 \]

「2 乗して負になる数」は、数直線の上には存在しません。そこで、数直線に垂直なもう 1 本の軸を用意し、\(j\) をその軸上の 1 目盛りとします。横軸を 実軸、縦軸を 虚軸、この平面を 複素平面 と呼びます。

\(j\) の意味は、後で示すように「90° の回転」です。ある数に \(j\) を 2 回かけると 180° 回転して反対向き(−1 倍)になる、と考えると \(j^2 = -1\) が自然に読めます。

直交形式と極形式

複素数の表し方は 2 通りあります。

直交形式 は、横と縦の位置で表します。

\[ \dot{Z} = a + jb \]

\(a\) を 実部、\(b\) を 虚部 と呼びます。この教材では、複素数であることを示すために文字の上に点(ドット)をつけます。

極形式 は、原点からの距離と方向で表します。

\[ \dot{Z} = r \angle \theta \]

\(r\) を 絶対値(大きさ)、\(\theta\) を 偏角 と呼びます。「東へ 3 km、北へ 4 km」が直交形式、「北東寄りの方角へ 5 km」が極形式にあたります。

点をドラッグして、2 つの形式の値がどう対応するかを見てください。変換の式は、直角三角形の関係(準備3)そのものです。

\[ \text{直交 → 極:}\quad r = \sqrt{a^2 + b^2}, \qquad \theta = \tan^{-1}\frac{b}{a} \]
\[ \text{極 → 直交:}\quad a = r\cos\theta, \qquad b = r\sin\theta \]

\(\tan^{-1}\) を使うときの注意

電卓の \(\tan^{-1}\) は −90° から 90° の範囲の値しか返しません。実部 \(a\) が負のとき(点が複素平面の左半分にあるとき)は、電卓の答えに 180° を足すか引く必要があります。\(-3 + j4\) の偏角は \(\tan^{-1}\frac{4}{-3} = -53.1°\) ではなく、\(180° - 53.1° = 126.9°\) です。点を複素平面に描いて、どの向きにあるかを確かめる習慣をつけてください。

極形式には、ほかの書き方もあります。

\[ \dot{Z} = r\angle\theta = r(\cos\theta + j\sin\theta) = r e^{j\theta} \]

最後の \(r e^{j\theta}\) を 指数形式 と呼びます。\(e^{j\theta} = \cos\theta + j\sin\theta\) という関係(オイラーの公式)によるもので、\(e^{j\theta}\) は「大きさ 1、角度 \(\theta\) の複素数」を表す記号だと考えてかまいません。

共役複素数

虚部の符号を反転させた複素数を 共役複素数 と呼び、\(\overline{Z}\) と書きます。\(\dot{Z} = a + jb\) の共役は \(a - jb\) で、複素平面では実軸に関して折り返した点です。極形式では角度の符号が反転し、\(r\angle(-\theta)\) になります。

共役どうしをかけると、虚部が消えて実数になります。

\[ (a + jb)(a - jb) = a^2 - j^2 b^2 = a^2 + b^2 = r^2 \]

この性質は、わり算で分母から \(j\) を消すために使います。

四則演算

たし算とひき算 は、直交形式で行います。実部どうし、虚部どうしを別々に計算します。

\[ (a + jb) + (c + jd) = (a + c) + j(b + d) \]

複素平面では、矢印をつなぎ合わせる操作です。「東へ 3、北へ 4」進んだ後に「東へ 1、北へ −2」進めば、合計で「東へ 4、北へ 2」になります。

かけ算とわり算 は、極形式で行うと簡単です。

\[ (r_1\angle\theta_1) \times (r_2\angle\theta_2) = r_1 r_2 \angle(\theta_1 + \theta_2) \]
\[ \frac{r_1\angle\theta_1}{r_2\angle\theta_2} = \frac{r_1}{r_2} \angle(\theta_1 - \theta_2) \]

かけ算は「大きさをかけて、角度を足す」、わり算は「大きさを割って、角度を引く」です。複素数をかけることは、相手を 拡大しながら回転させる 操作にあたります。

初期設定では \(\dot{Z}_2 = 1\angle 90°\) になっています。これは \(j\) そのものです。\(\dot{Z}_1\) に \(j\) をかけると、大きさは変わらず、90° だけ反時計回りに回ることを確かめてください。\(j\) で割ると(\(-j\) をかけると)、時計回りに 90° 回ります。

\[ j = 1\angle 90°, \qquad \frac{1}{j} = -j = 1\angle(-90°) \]

この 2 つは第9回で、コイルとコンデンサの性質を表すのに使います。

直交形式のままかけ算やわり算をすることもできます。かけ算は文字式と同じように展開して \(j^2 = -1\) を使い、わり算は分母の共役を分母と分子にかけます。

直交形式でのわり算

\[ \frac{100}{3 + j4} = \frac{100(3 - j4)}{(3 + j4)(3 - j4)} = \frac{300 - j400}{9 + 16} = 12 - j16 \]

極形式で確かめると、\(3 + j4 = 5\angle 53.1°\) なので \(\dfrac{100\angle 0°}{5\angle 53.1°} = 20\angle(-53.1°)\)。これを直交形式に直すと \(20\cos(-53.1°) + j\,20\sin(-53.1°) = 12 - j16\) で、一致します。

使い分け

たし算・ひき算は直交形式、かけ算・わり算は極形式が向いています。交流回路の計算では両方が交互に出てくるので、2 つの形式の変換を速くできるようにしておくことが、後半の計算全体の速さを決めます。

正弦波交流

波を表す 3 つの量

家庭のコンセントの電圧は、時間とともに正弦波の形で変化します。正弦波の交流電圧は次の式で表されます。

\[ v(t) = V_m \sin(\omega t + \theta) \]

\(v(t)\) のように小文字で書いた量は、時刻 \(t\) での値(瞬時値)を表します。この式には 3 つの量が含まれています。

量 記号 意味 ブランコのたとえ
最大値(振幅) \(V_m\) 波の山の高さ どこまで高く上がるか
角周波数 \(\omega\) 変化の速さ どれだけ速くこぐか
初期位相 \(\theta\) 時刻 0 での波の位置 いつこぎ始めたか

周期と周波数

波が 1 回繰り返すのにかかる時間を 周期 \(T\) [s]、1 秒間に繰り返す回数を 周波数 \(f\) [Hz] と呼びます。両者は逆数の関係にあります。

\[ f = \frac{1}{T}, \qquad \omega = 2\pi f = \frac{2\pi}{T} \]

東日本の商用電源は 50 Hz(周期 20 ms)、西日本は 60 Hz(周期 16.7 ms)です。角周波数 \(\omega\) は、準備3で説明したとおり、単位円上の点が 1 秒間に進む角度(ラジアン)です。

位相と位相差

同じ周波数の 2 つの波は、山の来るタイミングがずれていることがあります。このずれを角度で表したものが 位相差 です。

\(\theta\) のスライダを正の向きに動かすと、波が左へずれます。左へずれた波は、同じ高さに先に到達するので、点線の波より 進んでいる といいます。右へずれた波は 遅れている といいます。2 人が同じ速さでトラックを走るとき、スタート位置が前だった人が常に先を走っているのと同じです。

位相差が 0 のとき 同相、180° のとき 逆相 と呼びます。

平均値

正弦波は正の部分と負の部分が同じ形なので、1 周期全体で平均すると 0 になります。そこで、交流の 平均値 は、正の半周期だけの平均として定義します。

\[ V_a = \frac{2}{\pi} V_m \approx 0.637\, V_m \]

実効値

交流の大きさを 1 つの数で表すとき、ふつうは 実効値 を使います。実効値は「同じ抵抗につないだとき、同じ発熱をする直流の値」です。

抵抗が消費する電力は \(v^2/R\) なので、電圧が正でも負でも電力は正です。その平均は最大電力のちょうど半分になります。直流電圧 \(V\) で同じ電力 \(V^2/R\) を得るには \(V^2 = V_m^2 / 2\) であればよいので

\[ V = \frac{V_m}{\sqrt{2}} \approx 0.707\, V_m \]

となります。計算の手順は「2 乗して、平均して、平方根をとる」で、英語の頭文字から RMS(root mean square)とも呼ばれます。

家庭のコンセントの「100 V」は実効値です。最大値は \(100 \times \sqrt{2} \approx 141\) V あります。この教材では、今後、単に「電圧 \(V\)」「電流 \(I\)」と書いたときは実効値を指します。実効値を使うと、瞬時値の式は次のように書けます。

\[ v(t) = \sqrt{2}\, V \sin(\omega t + \theta) \]

フェーザ

回転する矢印と正弦波

準備3で、正弦波は「円周上を回転する点の高さ」であることを見ました。原点からその点へ矢印を引くと、正弦波は「回転する矢印の先端の高さ」だといえます。

矢印の長さが波の大きさ、時刻 0 での矢印の角度が初期位相に対応します。矢印の回転の速さが角周波数 \(\omega\) です。

1 つの回路の中では、すべての電圧と電流が同じ周波数で変化します。そうであれば、すべての矢印は同じ速さで回転し、矢印どうしの位置関係は変わりません。回転を止めて、ある瞬間の矢印の配置だけを描けば、波どうしの関係(大きさの比と位相差)はすべてわかります。メリーゴーラウンドに一緒に乗っている人から見ると、ほかの木馬は止まって見えるのと同じです。

この「止めた矢印」を フェーザ と呼び、矢印を並べて描いた図を フェーザ図 と呼びます。シミュレータを一時停止した画面の左側がフェーザ図です。

正弦波と複素数の対応

矢印は複素平面上の 1 点、つまり複素数で表せます。正弦波とフェーザを次のように対応させます。

\[ v(t) = \sqrt{2}\, V \sin(\omega t + \theta) \quad\Longleftrightarrow\quad \dot{V} = V\angle\theta = V e^{j\theta} \]

フェーザの大きさには実効値を使います。たとえば

\[ v(t) = 141 \sin(\omega t + 30°)\ [\text{V}] \quad\Longleftrightarrow\quad \dot{V} = 100\angle 30° = 86.6 + j50\ [\text{V}] \]

です。フェーザには \(\omega\) の情報が入っていません。周波数は回路全体で共通なので、別に覚えておけば足りるからです。

フェーザを使う利点

フェーザを使う利点は、波のたし算が複素数のたし算になる ことです。

位相の異なる 2 つの正弦波を足す計算は、三角関数の公式を使う面倒な作業です。フェーザで表せば、2 つの複素数を直交形式で足すだけで済みます。回転する 2 本の矢印をつなぎ合わせた矢印も同じ速さで回転し、その先端の高さは、2 つの波の高さの和になっているからです。

2 つの電圧の和

\(\dot{V}_1 = 100\angle 0° = 100 + j0\) と \(\dot{V}_2 = 100\angle 90° = 0 + j100\) の和は

\[ \dot{V} = 100 + j100 = 141\angle 45° \]

実効値 100 V の電圧を 2 つ足しても 200 V にはならず、141 V です。位相がずれた波は、山と山が同時に来ないので、単純な足し算より小さくなります。

微分も簡単になります。正弦波を時間で微分すると、大きさが \(\omega\) 倍になり、位相が 90° 進みます(準備4)。フェーザでは、これが「\(j\omega\) をかける」という 1 回のかけ算になります。\(j\) をかけることが 90° の回転だからです。

\[ \frac{d}{dt} \quad\Longleftrightarrow\quad j\omega \times \]

この対応によって、コイルとコンデンサの式(微分を含む式)が、オームの法則と同じ形のかけ算の式に変わります。第9回でこれを使います。

まとめ

  • 複素数は平面上の 1 点。直交形式 \(a + jb\) と極形式 \(r\angle\theta\) がある。
  • たし算・ひき算は直交形式で、かけ算・わり算は極形式で(大きさはかけ算・わり算、角度はたし算・ひき算)。
  • \(j\) をかけると 90° 進み、\(j\) で割ると 90° 遅れる。
  • 正弦波は最大値・角周波数・初期位相で決まる。実効値は最大値の \(1/\sqrt{2}\)。
  • フェーザは、正弦波の実効値と位相を 1 個の複素数で表したもの。波のたし算が複素数のたし算になる。

練習